競泳の魅力 ~エンジニア視点~

はじめまして、ふじのです。 本記事は、アドベントカレンダーほぼ横浜の民」7日目の記事になります。

はじめに

このブログでは、僕が愛してやまない、競泳というスポーツの見方・魅力を解説させていただきます。 競泳?まぁいいやと思われるかもしれません。 そこで、今回は特にエンジニアから見た魅力も添えてみたので、よかったら読んでみてください! (今年はパリ五輪が開催されるので、競泳がもっと盛り上がってほしいという願いを込めて書きました...!)

競泳とは何か

競泳は、一定の距離を指定された泳法で泳ぎ、そのタイムを競う競技のことを言います。 以下に基本的な情報を書いていきます。

泳法

自由形」、「背泳ぎ」、「平泳ぎ」、「バタフライ」の4種類があります*1

一般的に、泳速順に並べると、

(速) 自由形 < バタフライ < 背泳ぎ < 平泳ぎ (遅)

となります。

プールの種類

プールには、長水路(50m)と短水路(25m)の2種類があり、それぞれのプールでの記録は区別されます*2。 オリンピックや世界水泳などの主要な大会はすべて、長水路で行われます。 ざっくり言うと、長水路では泳ぎそのものの速さと持久力が、短水路ではターンの回数が増えるので、ターンや潜水の技術がより求められます*3

距離

競技は、各泳法各距離ごとに行われます。 最も短いのは50mで、男子の50m自由形は、わずか20秒ほどで決着がつきます。 逆に最も長いのは1500mで、15分程度の長い勝負です。 これより長い距離は、競泳ではなく、海や湖、川で行われる、オープンウォータースイミングという別の競技で行われます。

個人種目

距離 自由形 背泳ぎ 平泳ぎ バタフライ 個人メドレー*4
50m
100m
200m
400m
800m
1500m

リレー(4人が順に泳ぐ)

距離 フリーリレー メドレーリレー*5
200m
400m
800m

エンジニア的に面白い部分

早速本題に入りたいと思います。 競泳競技は(他のスポーツもそうだと思いますが)、テクノロジーと共に大きく発展してきました。

1. タイム計測の仕組み

スタートしてから各選手がゴールするまでの時間をどのように計測するかご存知でしょうか? 競泳にとってタイム計測の精度は、競技の公平性に関わる最も重要な要素です。

元々競泳競技では、着順審判という役割が存在し、目視で選手の着順を決定していました。 しかし、1960年にローマで開催された国際大会の際、各レーンでストップウォッチによって計測された記録の結果と着順審判の判定結果が矛盾する事態が起こりました。 当時の規則として着順審判の判定が優先されましたが、この結果が大きな波紋を呼びました。

判定結果を待つ選手たち*6

そこで、自動で各選手の記録を計測するシステムが開発されました。 時計で有名なスイスのOMEGA社は、1967年に初めて水泳用タッチパッドを導入しました*7。 選手がゴール時にタッチパッドを叩くとその圧力を感知して、タイムを検出する仕組みであり、50年以上経った現在でもこの仕組みが使用されています。 選手が泳ぐだけで水の波が発生しタッチ板には圧力がかかるので、タッチ板にかかる圧力が水によるものか選手によるものかを識別しなければいけない点が技術的に面白いと思っています。 a プールの壁に設置された黄色のタッチパッド(タッチ板)*8

日本では主に、SEIKO社が開発した競泳競技用の計測システムが使用されています。 コチラの動画に、どのように選手のタイムが計測されるのかがわかりやすくまとめられています。


SEIKO社の競泳競技用の計測システム構成図*9

(余談)競泳ではないですが、2022年世界陸上オレゴンで計時支援を行うSEIKO社のタイミングチームに密着したコチラのドキュメンタリーが感動的なので、ぜひご覧ください。


50mプールの長さは、実は50.02m!?

前述のように、レースはタッチ板をプールの両端に設置した状態で行われます。 そのため、50mプールはその厚みを考慮して、50.02mの長さで作られているという豆知識です。

2008年北京五輪伝説の0.01秒差の決着

2008年北京オリンピックの競泳では、水の怪物と呼ばれた米国のマイケル・フェルプス(Michael Phelps)選手が、前人未到の8冠に挑戦し、世界中が注目していました。 そのマイケル・フェルプス選手が7冠目に挑戦した、男子100mバタフライの映像をお見せします(とことん自分で説明せず、動画に任せていくスタイル)。


このレースではタッチの瞬間、誰もが4レーンを泳いだセルビアのミロラド・カビッチ選手が金メダルを獲得したと思いました。しかし、電光掲示板を見ると、1着はマイケル・フェルプス選手だったのです。 レース後、リプレイのスロー映像が出ましたが、それを見ると、どちらの選手が勝ったか分からないほど接戦でした。

タッチする瞬間のフェルプス選手(左)とカビッチ選手(右)*10

この判定結果になったのも、選手のタイムが瞬時に正確に判定できる技術・システムがあったからこそであると言えます。

2. リレーの引き継ぎ失格判定

競泳におけるリレーでは、前の泳者が壁にタッチする時に次の泳者は飛び込み台からスタートします。 競泳リレーにおける引き継ぎ*11

この引き継ぎは、前の泳者が壁にタッチした直後から、次の泳者の足が飛び込み台から離れてよいというルールになっています。 この「前の泳者がタッチした瞬間」から「次の泳者の足が離れる瞬間」までの時間☆がシステムによって計測され、この時間をもとに失格かどうか判定されます。 「前の泳者がタッチした瞬間」は前述のタッチ板を用いて計測され、「次の泳者の足が離れる瞬間」は飛び込み台に内蔵されたセンサによって計測されます。

では、☆の時間が0秒を切る、つまり、システムによって計測された「次の泳者の足が離れる時刻」が「前の泳者がタッチした時刻」より速いと判断されたら失格と判定されるのでしょうか? 実は、機械の誤差も考慮してこの☆の時間は-0.03秒までは失格にならないというルールになっています。 (この辺りの理由については詳しくないです。誤差を考慮するなら、そもそも選手の記録はどこまで正確なのかという話にも繋がりそうですが...) 審判員が引き継ぎを目視で判定するよりは正確だと思いますが、運用上-0.03秒までセーフというルールが設定されているあたり、時間を扱うシステムの難しさが垣間見える気がします。

3. TV観戦体験の向上

テレビで、オリンピックや世界水泳の競泳をご覧になったことがある方は、中継映像でプール上に直線が引かれていることをご存知ではないでしょうか。 競泳中継でプールの上をスーッと動く「世界記録ライン」ってどんな技術?*12

この技術は、いつも世界水泳を中継しているテレビ朝日が導入しました。 この世界記録ラインのおかげで(せいで?)、選手が今どれくらいの速さで泳いでいるのか、世界記録が出そうかを知ることができます。 また、レース前にプールの各レーンにそのレーンの選手の名前・国名が重畳表示されることで、テレビを見ている人に誰が泳いでいるかわかりやすく伝える工夫もされています。

4. イベント会場で世界水泳

最後はプールについての話題です。 実はオリンピックに使用するプールは長水路であり、観客席も大量に必要で、とても大規模になります。 オリンピック後にその施設の運営が赤字で大変だったり、使われなくなって廃墟になったりすることが度々起こり、問題視されています。

そこで世界水泳では、新たにプールを建設するのではなく、期間中のみ使用できる仮設プールを用いることがあります。 2001年に福岡で行われた世界水泳は初めて仮設プールで行われ、世界から高く評価されました。 www.yamaha-motor.co.jp

去年2023年にも福岡で再び世界水泳が開催され、その際も仮設プールが建設されました。 会場はマリンメッセ福岡と呼ばれる普段はイベントなどが開催される施設でした。 なんとプールに4000トンもの水を貯めるのに、3日もかかるそうです*13 建設中の仮設プール*14

東京オリンピックの練習用プールとして使用されていた仮設プールを、福岡でも再利用したそうです。いいですよね。

おわりに

いかがでしたか?今回は競泳の魅力について、自分なりにまとめてみました。 少しでも伝わっていれば嬉しいです。 いつか自分も競泳に貢献できるような技術・システムを開発したいと思っています。 感想、データ、質問、訂正、要望等いただけますとありがたいです。 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

*1:筆者は平泳ぎが一番好きです。

*2:アメリカでは、25ヤード(≒22.86m)のプールでレースが行われることもあります。

*3:筆者は体力がないので短水路が好きです。

*4:バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形の順に等距離ずつ泳ぐ種目。この「自由形」は、個人メドレーと下のメドレーリレーにおいては、バタフライ、平泳ぎ、背泳ぎ以外の泳法でなければならない(日本水泳連盟 競泳競技規則 5.1)。

*5:背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、自由形の順に、4人が1種目ずつ泳ぐ種目。

*6:https://oshihaku.jp/nenkan/page/14376960

*7:https://www.omegawatches.jp/chronicle/1967-the-first-touchpads

*8:https://www.omegawatches.jp/chronicle/img/template/desktop/1967/1967-omega-swimming-touchpad-during-the-pan-american-games.jpg

*9:https://www.seiko-sts.co.jp/products/uploads/images/KYOUEI_ZUMEN_b.jpg

*10:https://www.yourswimlog.com/wp-content/uploads/2015/06/phelps-cavic-beijing-2008.jpg

*11:https://www.seiko.co.jp/magazine/article/images/sp00043_03.webp

*12:競泳中継でプールの上をスーッと動く「世界記録ライン」ってどんな技術? https://www.nikkansports.com/olympic/tokyo2020/swimming/news/img/202107240000161-w1300_0.jpg

*13:これが世界水泳の会場!4000トンのメインプールを公開-開催費は膨れ上がり225億円に https://rkb.jp/contents/202307/202307076842/

*14:https://www.nhk.or.jp/fukuoka/lreport/article/000/93/img/a9cd7dcb-1cd9-4ce0-8c92-376800dab0ea.jpg